この前、海外の学習者掲示板でこんな投稿を見た。「日本語を5年勉強したけど、簡単な会話もできない。N4に2回落ちた。泣きながら勉強してる」って。
正直、僕は他人事じゃないと思った。日本人で英語を10年以上やってきて、外国人を目の前にすると喉が凍る人、めちゃくちゃ多いから。中高6年、大学2年、社会人で英会話スクール、参考書、TOEIC、シャドーイング、Duolingoの連続記録365日。なのに、空港で道を聞かれただけで頭が真っ白になる。
これ、努力が足りないんじゃない。やり方が壊れてるんだよね 😢

日本人ってさ、「苦しい=ちゃんとやってる」って思いがちじゃん。眠い目こすって早朝学習、通勤電車で単語帳、休日は朝から夜までTOEIC模試。「これだけ頑張ってるんだから、いつか話せるようになるはず」って。
でも、痛みは努力の証じゃない。痛みは、方法が合ってないっていう体からのサインなんだよ。
ピアノ習って5年経っても「猫ふんじゃった」しか弾けなかったら、普通の人は先生変えるか、教本変えるか、辞めるかするでしょ。同じ教本を泣きながらもう一周しようとは思わない。
なのに英語だけは違う。10年やって話せなかったら、「自分のやる気が足りない」「もっと単語を覚えなきゃ」って、同じ参考書を3周目に突入する。そしてまた泣く。そして「私は語学のセンスがない」って自分を責める。
センスじゃない。台本が壊れてるんだよ。
日本の英語学習の9割は、英語を「浴びる」時間に使われてる。単語帳、文法書、TOEIC問題集、Netflixのドラマを字幕付きで観る、英語Podcastを通勤中に流す。
これ、勉強してる感ある。傍から見ても勉強してる風に見える。でもね、これは英語を勉強してるんじゃなくて、「英語について」勉強してるだけなんだ。
インプットだけのループは終着駅。 Duolingoを365日連続でやっても、参考書を3冊読破しても、TEDトークを200本観ても、コンビニで「袋いりますか?」って外国人客に英語で聞かれた瞬間にフリーズする。なぜか。生身の人間が返事を待ってるあのプレッシャーの中で、英語を「出す」練習を一度もしてないから。
脳は「読む英語」と「話す英語」を別のスポーツとして扱う。ジムで腹筋鍛えても、泳げるようにはならない。これと同じで、英語を読めるようになっても、話せるようにはならない。少しは繋がるけど、参考書業界が宣伝してるほどじゃない。
僕の知り合いに、2年間シャドーイングだけ毎日3時間やった人がいる。本人いわく「発音は完璧」。でも初めて外国人同僚と廊下で会った時、自分の仕事の名前すら出てこなかった。発音は完璧。文法も知ってる。でも、相手の目を見ながら言葉を選ぶっていう「あの状況」が、人生で一度も練習されてなかった。
これ、聞くと痛いやつなんだけどさ。**英語を「覚えていただけ」**で、英語を「使ってなかった」んだよね。
そして、使わない記憶は思ったよりずっと早く消える。参考書を2周しても、暗記量が2倍になるわけじゃない。むしろ「1周目あんなにやったのに、ほとんど覚えてないんだ」っていう絶望感を味わう作業になる。それが机の前で泣きたくなる瞬間。
治療法は、もっと参考書を読むことじゃない。今日、生身の誰かに、「半分しか覚えてない英語」を、下手くそに使ってみることなんだ。

これ、日本人なら誰でも知ってるあるあるだと思う。TOEIC900点持ってるのにスタバで注文できない人、現実にいる。誇張じゃなくて、本当にいる。SNSで検索すると、同じ恥ずかしさを抱えた人が山ほど出てくる。
なぜこんなことが起きるのか。TOEICはTOEICしか測れないから。
TOEICが測ってるのは、ビジネスメールの読解スピード、文法の選択肢を瞬時に消去する能力、リスニングセクションの「整って収録された音声」を聞き取る能力。
測ってないのは、駅で道を聞かれた時に咄嗟に答えられるか、外国人の友達と居酒屋で雑談を回せるか、相手が知らない単語を使ってきた時にリカバリーできるか。これらは一切採点対象じゃない。
人生をTOEICに最適化すると、TOEICが得意になる。英語が話せるようになるとは限らない。これは、ちょっと残酷だけど大事な区別なんだよ。テスト業界には、この区別を曖昧にしておく強いインセンティブがある。だってその方が、また問題集が売れるから 📚
別にTOEICを否定したいわけじゃない。会社で必要な人もいるし、目安として使う分にはアリ。否定したいのは、TOEICのスコアを「自分の英語力の唯一の証明書」にすることだよ。受かっても話せないと自分を詐欺師みたいに感じるし、点が下がったら全人格が否定された気分になる。どっちも、テストにマウント取られてるだけ。

ここまで読んで「あー、自分のことだ」って思った人へ。来月からじゃなくて、今週からできることを書く。
参考書を数日だけ閉じてみて。永遠にじゃなくて、ほんの数日でいい。「毎日勉強しなきゃ落ちこぼれる」っていう、君を苦しめてる習慣ループを一回切るために。
そしたら、英語ネイティブか、英語が話せる外国人を一人だけ見つける。15分でいい。話題は何でもいい。今日の天気。相手の出身地。日本のラーメンの話。本当に何でも。
下手くそでいい。2年間覚えてたはずの単語が出てこなくて当然。文法もぐちゃぐちゃでいい。相手は、たぶん、めちゃくちゃ辛抱強く聞いてくれる。なぜなら、外国人学習者に対する英語ネイティブの忍耐力は、日本人が想像してるよりずっと高いから(特に日本に住んでる人や、日本に興味がある人は、なおさら)。
そして、10年間カチッとハマらなかった何かが、ハマる瞬間が来る。
その「何か」とは、英語が「自分が頭をぶつけ続けてる壁」から、「人間2人が会話するための道具」に変わる瞬間。プレッシャーが変わる。楽しさが戻ってくる。涙は止まる。
今日、一人と話す。 時給制の英会話講師じゃなくて、レッスンプランを抱えた先生でもなくて、たまたま英語が話せるだけの、雑談に付き合ってくれる「同年代の誰か」を。
英会話の先生は素晴らしい。でも同時に、高い、時間が縛られる、そして構造が「学校英語の延長」になりがちなんだ。生徒は姿勢を正して、先生が訂正して、生徒がメモを取って、家に帰って「勉強した気分」になる。これ、参考書の人間バージョンだよ。
ピア(対等な相手)は違う。ピアは君のaとtheを直さない。文の途中で止まっても、待ってくれる。文が終わったら、相手は「自分が言いたいこと」を返してくる。それを聞いて、君は自分の言いたいことを返す。
訂正されないから上達しないんじゃないか、って思うかもしれない。逆。何度も同じ場面で詰まることで、自分で「あ、ここがいつもダメだ」って気付く。そして自分で調べる。自分で気付いた誤りは、誰かに直されたそれの10倍残る。
ピアは無料、ってのも大きい。通貨は「お互いさま」。君が相手に日本語を教える。相手が君に英語を付き合う。誰も時計を見てない 🕰️
これが、参考書時代の日本人のメンタルモデルから完全に消えてる部分。「英語を学ぶ=お金を払うか、孤独に勉強するか」って思い込んでる。違う。人類史のほとんどの期間、言語は「隣人と話すこと」で学ばれてきた。隣人がカリキュラムだったんだよ。

もし君が、すでに英語を10年やってて、まだ話せなくて、心が折れかけてるなら、ちょっとカッコ悪い真実を書く。次の10年は、過去の10年と同じにする必要はない。
魔法の参考書を探さなくていい。新しいオンライン英会話アプリに登録しなくていい。連続記録を煽ってくる通知付きのアプリで、また自分を追い込まなくていい。必要なのは、ノルマも目標もなく君と雑談したがってる、生身の英語話者と、定期的に少しずつ話す時間だけ。
週3回、20分。これを続ければ、毎日2時間参考書を開く生活より、長い目で見て絶対に上達する。僕は一年分のコーヒー代を賭けてもいい。
そして、涙が止まる。雑談には「落ちる試験」が存在しないから。あるのは次のセンテンスと、その次のセンテンスと、「あ、私、これ意外と話せてるかも」っていう小さな証拠が積み上がっていくことだけ。
SewaYou は地図ベースで、日本にいる外国人や、君と言語交換したい人を、近所で見つけられるアプリ。先生もレッスンプランもない。ただ、カフェで会えるか、家のソファから話せる、生身の人間がいるだけ。10年間君を泣かせてきた参考書を一旦閉じた先にあるのは、たぶんこういう場所だよ ☕