外国人の友達からLINEが来る。「久しぶり!今度ご飯行こうよ」。画面を見て、ちょっと申し訳ない気持ちと、同時に「あー、返信めんどくさいな」という気持ちが両方湧いてくる。前は楽しかったはずなのに、なんでだろう。とりあえず「いいね!来週連絡する😊」って送って、結局来週も連絡しない。
これ、心当たりある人いると思うんですよね。
別にその友達のことが嫌いになったわけじゃない。喧嘩したわけでもない。むしろいい人。なのに、気がついたら距離を置いてしまっている。そして相手からは「最近冷たいよね?」って思われている。なんなら、相手はその理由を「日本人ってこういうとこあるよね」とか言って、ネットで愚痴っているかもしれない 😅
でも、本当の理由は、僕たち自身もうまく言葉にできていないだけだったりする。今日はそこを正直に書きます。
「嫌いになった」じゃなくて「疲れた」が正解。

これ、地味だけど一番大きいと思う。
最初の数回は楽しい。お互い片言で、笑いながら、ジェスチャーも交えて。でも、何回か会っていくうちに、自分の英語のレベルがそんなに上がっていないことに気づく。同じ単語ばかり使ってる。「Yeah, yeah」と「Really?」しか言ってない気がする回もある。本当はもっと深い話がしたいのに、表面的な会話で終わってしまう。
その「物足りなさ」を、相手も感じているんじゃないかと思い始める。一回そう思うと、次に会うのが少しずつ億劫になる。会う前に英語のことを考えるのが、地味にしんどいんですよね。
ここで日本人特有の罠が発動するんですよね。「相手に申し訳ないから、もっと英語が上達してから会おう」って思う。でも、その「もっと上達」は来ない。会わないと上達しないから。
「日本ってどうして〜なの?」「日本人ってなんで〜するの?」
最初の頃は、聞かれて嬉しかった。自分の国に興味を持ってくれている、と思った。でも、3回目4回目くらいから、ふと気づく。自分は今、「日本人代表」として答えている。
別に僕、政治家でもないし、文化人類学者でもない。ただの会社員だったり、学生だったり。なのに「日本人は〜」という主語の話を求められる。答えながら、心の中で「いや、人によるけどな…」と思っている。
そしてもう一つしんどいのが、その質問の半分くらいに、軽い批判が混ざっていること。「日本人ってなんで本音言わないの?」「なんで残業するの?」「なんで〜しないの?」。攻撃のつもりはないのは分かる。でも、答え続けるうちに、こっちは少しずつ防御モードになっていく。

日本人同士の友情って、けっこう「察し」と「曖昧さ」で成り立っているところがある。
「今度ご飯行こうね」が、本当に行くつもりの時と、社交辞令の時がある。「ちょっと疲れてて」が、本当に疲れている時と、行きたくない時の柔らかい断り方の両方を意味する。これ、別に嘘ついてるわけじゃなくて、関係性を傷つけずに済ませる作法なんですよね 🍵
でも、ストレートなコミュニケーションの文化で育った相手には、これが通じない。「行こうね」と言ったら、本当に行く約束だと受け取られる。曖昧に断ったら、「で、結局来るの?来ないの?」って聞き返される。
そうすると、こっちは毎回、頭の中で文章を「翻訳」しないといけない。英語に翻訳するんじゃなくて、「グレーゾーンを使わない日本語」に翻訳する作業。これが地味に疲れる。気がつくと、最初から白黒はっきりさせる会話しか、しなくなる。深い話ができなくなる。
最初の頃って、ちょっとカッコいいんですよね。インスタに一緒に写った写真を上げると反応がいい。「英語話せるんだ、すごい」って言われる。
でも、しばらくすると、自分がその「外国人の友達がいる私」というキャラクターに少し疲れていることに気づく。友達といる時間そのものを楽しんでいるのか、「グローバルな自分」というイメージを楽しんでいるのか、分からなくなる瞬間がある。
その違和感に気づいた時、急に冷める。自分の中の打算に、自分で気づいてしまうから。
そして、それを相手にどう説明していいか分からないから、説明しないまま、ただ連絡が減っていく。
ここまで読んで、もしかしたら「いや、これ全部、ただの言い訳では?」と思った人もいるかもしれない。半分そうです。でも、半分は本当の疲労です。
外国人の友達と関係を続けるって、日本人の友達と関係を続けるよりも、純粋にエネルギーを使う。言語、文化、コミュニケーションスタイル、全部が「翻訳作業」を必要とするから。その疲労を「冷たさ」と誤解されるのが、いちばん悲しいすれ違いだと思う。
相手は「急に冷たくなった」と感じている。でも、こっちは「冷たくしているつもりはない、ただ毎回ちょっと疲れる」というだけ。両方とも本当のこと。

ここからが大事。距離を置いてしまう自分を責める必要はないけど、関係を続ける工夫はできる。
毎回「イベント」にしない。 一番の負担は、「外国人の友達と会う」が毎回大ごとになることです。お洒落なカフェを予約して、英語の話題を準備して、写真を撮って。そりゃ疲れる。コンビニで一緒にアイス買って公園で5分話す、くらいの軽さを混ぜていい。むしろ、それが本当の友情のサイン。
「日本人代表」をやめる。 質問されたら、「私はこう思うけど、人によるよ」と最初に言ってしまう。代表のフリをやめると、自分の意見を素直に言えるようになって、会話がずっと楽になる。
疲れている時は、正直に言う。「今日は英語の頭にならないから、日本語多めでもいい?」って言える関係を作る。相手はたぶん「もちろん」と言ってくれる。言わずに連絡を減らすより、100倍いい。
会う頻度を「無理しない」に下げる。 月1回でも、年4回でも、関係は続けられる。週1で会う日本人の友達と、年2回会う外国人の友達は、別にどっちが本物とかない。
ここまでの話、実はもう一つ、根本的な解決策があります。
お互いを「異文化体験」として消費しない関係から始めると、ここまで書いた疲労のほとんどが、最初から発生しません。
たとえば「英語の練習相手」として知り合った友達と、「同じ街で趣味が合う人」として知り合った友達では、関係の重さが全然違う。前者は最初からお互いに「役割」を負わせている。後者は、ただの友達。たまたま国籍が違うだけ。
SewaYouは、地図ベースで近所の人と会えるアプリで、日本人も、日本に住んでいる外国人も、同じくらい使っています。マッチング理由が「英語を教えて/日本語を教えて」ではなくて、「散歩しよう」「カフェ行こう」「カラオケ行こう」みたいな、普通の遊びの誘いから始まる。
だから、「外国人の友達ができた!」じゃなくて、「気の合う友達ができて、その人がたまたまフランス人だった」みたいな順番になる。この順番が、後々の疲労を全然違うものにします。

外国人の友達に冷たくしてしまう自分のことを、責めなくていいです。あなたが特別に冷たい人なわけじゃない。ただ、関係を続けるためのエネルギーが、思っていたより必要だっただけ。
そして、その関係を続ける唯一の方法は、毎回がんばらないことです。がんばらないと続かない友情は、もう友情じゃない。 楽に会える距離感を、自分から提案していい。
もし今、誰かに「最近どうしたの?」って思われている友達がいるなら、今日「ごめん、最近ちょっと余裕なかった。来月ふらっと散歩でもしない?」って送ってみてください。それで関係が戻る可能性、たぶん思ってるよりずっと高いです 🍡