海外で働き始めて、最初のカルチャーショックは仕事の内容じゃなかった。
同僚が上司に向かって、はっきり「それはフェアじゃない」って言った瞬間だった。僕はその場で固まったよ😅
日本だったら、たぶん飲み込むか、空気で察してもらうのを待つ。でも彼女は普通の顔で理由を並べて、上司も普通にうなずいてた。誰も気まずくなってない。
その温度差が、ルールそのものより僕を戸惑わせた。
海外に出た日本人の多くが、どこかで同じ壁にぶつかる。「公平」の感覚は世界共通だと思って出発する。そして向こうで、自分の「フェア」がまるで通じない場面に出くわす。「察してほしい」は、海外では届かない。

日本の公平さって、けっこう「和」に寄ってる。みんな同じ、波風を立てない、空気を読む、言わなくても察する。全体のバランスが取れてる状態が「フェア」に感じる。
西洋の「フェア」はもっと個人に寄ってる。ルールは言葉にして書く。おかしいと思ったら口に出す。交渉する。自分の権利は自分で主張する。黙ってるのは「同意した」のと同じ扱い。
どっちが正解でもない。
同じ「フェア」って言葉で、実は全然違う質問に答えてるだけ。やっかいなのは、質問がズレてることに、お互い気づいてないことなんだよね。
モヤっとすると、人は「わかってくれる人」を探す。だから現地の日本人グループのLINEで愚痴る。「こっちの人、自己中すぎない?」って。みんなで乗っかると、一瞬スッキリする。
でもこの安心には値段がついてる。愚痴は理解じゃない。
言い合ったあとに残るのは、「やっぱり自分は正しかった」って確信と、「この国は自分と合わない」って気持ちだけ。しかもなぜか、前より孤独になってる。一緒に怒る相手は見つかったけど、一緒に理解する相手は見つかってないから。

僕も、認めたくないくらい長くこれをやってた。一度も、暮らしが楽になった気はしなかった。
転機は地味だった。愚痴るのをやめて、現地の友達に正直に聞いてみた。「あれ、どういう感覚なの?」って。言い負かすためじゃなく、ただ知りたくて。
彼女は「戸惑うのは当然だよ」と言ったうえで、内側の理屈を教えてくれた。はっきり言うのは失礼じゃなくて、むしろ誠実さの表れだってこと。ルールを言葉にするのは、立場の弱い人を守るためだってこと。そして、黙ってると「同意」になる。

正直、しんどいと感じる場面は今もある。でも、それが「自分への攻撃」から「別の理屈」に変わった。攻撃なら身構えるしかないけど、理屈なら乗りこなせる。
ガイドブックには、この部分が載ってない。「フェア」のカルチャーショックは、検索じゃ抜け出せないんだよね。向こう側で生きてて、しかも自分を好きでいてくれる、生身の人が要る。
海外で一番リラックスして見える日本人は、だいたい二種類の人とつながってる。現地の友達と、一歩先の日本人。「なんで?」を説明してくれる現地の人と、「わかる、僕もそこでつまずいた」って言ってくれる先輩。

これは、愚痴のグループチャットからは生まれない。ちゃんとした関係からしか生まれない。そして、その関係こそ、新しい土地で、忙しくて、ちょっと擦れてる時に、一番始めにくいものなんだよね。
だから僕はSewaYouを使ってる。地図ベースのアプリで、近くにいる「本当につながりたい人」が見える💬 現地の人も、同じ海外組も。だから「これってフェアなの?」みたいなふとした疑問が、また一つの愚痴投稿じゃなくて、ちゃんとした会話になる。
海外は、ネットで言い合ったところで、身近になるわけじゃない。信頼できる誰かが目の前に座って、一緒に意味をほどいてくれた時に、ようやく楽になる。
一人で海外生活を抱え込むのに疲れたなら、SewaYouで、その「一緒に理解してくれる人」を探してみて。全部に同意してくれる人じゃなくていい。ただ、理解を手伝ってくれる人。だいたい、それで十分だから😊