中学から英語をはじめて、もう10年。高校でも大学でも続けた。英検2級も持ってる。TOEICは700を超えた。文法書は2冊終えたし、3冊目もある。新聞英語ならゆっくり読める。リスニング問題なら半分はわかる。
そして、平日の夜の駅。スーツケースを抱えた外国人観光客が近づいてきて、"Excuse me, how do I get to Shibuya?" と聞いてくる。たった一文。中学1年のレベル。なのに脳がフリーズする。"Ah… えっと… this train, two stops…" 相手は微笑んで「ありがとう」と言って去っていく。電車に揺られながら、家に帰ったら参考書をもう一冊買おうと考える。
これ、日本中で毎日起きてる。そして起きるたびに、当の本人は同じ結論にたどり着く。「中学校の英語教育が悪い」「うちの学校は発音を教えなかった」「文部科学省が…」「日本人の英語教育システムは欠陥だ」。
違うんだよね。教室は床。天井じゃない。

ちょっと計算してみる。中学・高校・大学で、英語の授業は週に4時間あったとして、年に40週、これを10年。合計でだいたい1,600時間。多いように聞こえる。でも赤ちゃんが日本語を話しはじめるまでに浴びてる日本語の量は、生後9ヶ月でとっくに2,000時間を超えてる。しかも赤ちゃんは、それからさらに3年、口にも出してまだ「流暢」とは呼ばれない。
教室だけで英会話が手に入るようには、そもそも設計されてない。ルール、語彙、構文、ゆっくり試せる安全な環境。ここまでが教室の役目。プールの横の椅子に座って、「正しい泳ぎ方」を全部教わってる状態に近い。役に立つよ。必要だよ。でも、椅子の上で泳ぎはうまくならない。水に入って、息ができなくなって、リアルタイムで体勢を立て直して、はじめて泳げるようになる。
英語が話せるようになった日本人と、ならなかった日本人のあいだに、教室の質の差はあんまりない。差はもっと別のところにある。「予定に入ってない時間」を持ってたかどうか。 Netflixで字幕を消して20分間ほぼ何も理解できないまま観つづけた時間。海外の友達にメッセージを書いて、消して、書き直して、結局間違った文を送った時間。バーで自分と関係ない英会話を横で聞いてた時間。これは成績表のどこにも出てこない。だけどこれが、話せる人と話せない人を分ける。 🌊
駅で固まったあとの、ほぼ全員の反応はこう。「次の教材を買おう」。Duolingoが効かなかったからBizmatesに変えよう、Bizmatesも違うからCamblyにしよう、Camblyもダメだから今度こそ留学しよう、留学したのに帰国したら忘れた、もう一度オンライン英会話に戻ろう。日本の英語学習市場は、この「次のもっといい教材」を売るためにできてる。
ほぼ罠。「もっといい教材」じゃ、もう伸びない。 なぜなら、足りてないのはカリキュラム側じゃないから。足りてないのは「量」。それも、口から出すほうの量。教材を1万円分積み増しても、ぜんぶ「受け取る側」のフォーマット。受け取りはもう十分やってる。中学から10年もやってる。受け取り側で語彙をあと500個増やしても、駅で出てこなかった "Take the Yamanote line two stops" は来週も出てこない。
教材が無駄って言ってるんじゃないよ。最初の文法書を終えたあたりから、教材1冊あたりのリターンが急速に下がる、ってだけ。次の教材は、すでにできることをちょっと難しい言い方で教えてくれるだけになる。教えてくれない、というか教えられないのは、「考える時間がないときに口から英語が出る反射」のほう。
その反射は、別の場所で作られる。

これ、自転車を思い出すとわかる。自転車に乗れるようになったのは、自転車の本を読んだからじゃないよね。何回も乗って、転んで、やっぱり乗って、ある日気づいたら乗ってた。料理もそう。レシピ動画を100本観てもうまくはならない。フライパンを実際に握って、何回か焦がして、はじめて勘がつく。
英会話もまったく同じ形のスキル。ルールは何年でも勉強できる。でも反射は別の場所にある。「読む脳」じゃなくて「話す脳」のほうに保存されてて、話す脳は会話の中でしか鍛えられない。教材で「話す脳」を鍛えようとするのは、本を読んで自転車に乗ろうとするのと同じ構造。
しかも、脳はつまずくこと自体は嫌がらない。脳が嫌がるのは「危険な状況でつまずくこと」。高ストレス × 低回数 = ゼロ学習。 だから取引先の英語会議で固まる。海外出張のホテルチェックインで固まる。社内の外国人エンジニアに廊下で話しかけられた瞬間に固まる。どの場面も「失敗するとコストがある」状況だから、脳は合理的判断として黙る。
必要なのは逆。低リスクの安いリピートを何百回。間違えても面白いだけで済むリピート。相手が時間を持ってるリピート。これが時間割には載ってない。だから自分でカレンダーに入れるしかない。
シンプルすぎて効くようには聞こえないんだけど、効くんだよね。基礎が入ってる人にとっては、週2回のコーヒーが、参考書1年分を超える。 コーヒーが魔法だからじゃない。週2時間 × 1年 = 約100時間の、自由で無構造な、本物の人間相手のスピーキング。これは他のフォーマットからは絶対に取れない種類のリピート。
100時間の、プレッシャーゼロのスピーキング。100時間の、一文を言って相手の顔色を見て、伝わってないと気づいて、言い直す経験。100時間の、ネイティブが普通のスピードで話してくる音を、教材的な理由でゆっくりにはしてくれないけど、こっち側の友達だからゆっくりにしてくれる経験。
これがギャップを埋める。次の教材じゃない。次のオンラインスクールでもない。「予定に入ってない時間」を、自分でちゃんと予定に入れたとき。

参考書の次のページを読むのを、いったん止める。次のページは駅でフリーズした原因じゃないよね。代わりに、近所にいて、1時間空いてて、コーヒー1杯と引き換えに英語のおしゃべりに付き合ってくれる外国人を1人さがす。最初に伝える一文はこれでOK。「文法はわかるんだけど、いざ口に出すとフリーズする。練習に付き合ってもらえる?」って。だいたいの人は「あ、自分も日本語でそれ」って笑ってくれる。笑ってくれない人は10分でわかるから、別の人にいけばいい。 ☕️
これを週2回、1ヶ月続ける。1ヶ月で流暢にはならないよ。でも「フリーズの厚さ」が薄くなる。駅で道を聞かれて、考える前に "Take the Yamanote line, two stops" が出てくる瞬間がくる。先週カフェで友達が使ってた言い回しが、火曜日に自分の口から出る瞬間がくる。これが反射、ようやく組み上がりはじめてるサイン。
3ヶ月続けたら、参考書ループにいた頃の自分とは違うスピーカーになってる。教材が間違ってたわけじゃない。授業が終わった瞬間、英語をやめてた。 いまは終わったあとも続いてる。だけ。
このアドバイスのいちばん難しい部分は、ずっとロジスティクスだった。多くの人は「水曜の午後に空いてる外国人の友達」が偶然そこにいるわけじゃない。教室はそういう人を紹介してくれない。タイムゾーンが違う見知らぬ相手と画面越しにメッセージを交換するアプリも、本当に必要なリピートにはならない。タイプされた文字じゃ、「相手の顔が読める」リアル会話の代わりにはならないから。
SewaYou は、まさに「近所にいて、リアルに会いたい人」が見えるマップベースのアプリ。同じ街にいて、同じように言語を学んでて、今週コーヒーに時間がある人が地図上にいる。テストしてくる人もいない。締切もない。本物の椅子と、本物のカップと、間違えてもOKな本物の会話。
10年の英語の授業で、ドアの前までは来てる。ドアは内側からしか開かない。静かな午後を、1回ずつ積んでいけばいいんだよね。 🌿