どの街にも、なぜかみんなが知っている「名物の人」っているよね。
毎日ちがう帽子で商店街を自転車で走るおじさん。誰も一緒に踊らなくても、夏祭りでは必ず盆踊りの輪の先頭にいるおばあちゃん。手作りの衣装で、大きなイベントにも小さなイベントにも毎回あらわれる人。😄
ゆるキャラじゃないし、誰かに頼まれたわけでもない。ただ何年も通い続けているうちに、街のほうが彼らを覚えてしまったんだ。
僕は引っ越してしばらく、近所に知り合いがひとりもいなかった。駅とスーパーと家を往復するだけで、誰ともあいさつしない毎日。そんなとき、お祭りで毎年見かけるあの人たちを思い出して、気づいたんだ。あの人たちは、街の一部になっているって。
「派手だから覚えられてるんでしょ」と思うかもしれない。でも、派手な人なんて街を通り過ぎていくだけで、誰の記憶にも残らないことのほうが多いよね。
名物の人が持っているのは、毎回そこにいるという安心感。同じお祭り、同じ商店街、同じ格好。それが何年も続くと、周りは「今年も来てるかな」と期待するようになる。子どもが指をさして、お店の人が手を振る。いつの間にか「知らない人」から「いつもの人」に変わっているんだ。
真似したいのは衣装じゃなくて、この「続ける」ところ。🏮

新しい街での最初の1年って、だいたいこんな感じじゃない?
週末ごとにちがうカフェを開拓する。有名な大きいお祭りには一度行くけど、駅前の小さな縁日はスルー。ジムも散歩コースもスーパーも、しっくりくるまで転々とする。
それ自体は自然なこと。でも1年たって、ふと「自分がいなくなっても、この街で気づく人はいないな」と感じてしまうのは、たぶんこれが原因なんだよね。いろんな場所に一度ずつ行ったけど、同じ場所に二度は行っていない。
町内の清掃活動に2回目に顔を出すと、誰かが覚えていてくれる。5回目になると「暑いね、これ飲みな」とお茶を渡される。僕の経験では、地域のつながりって同じ場所でしか育たないものなんだ。
ここでちょっと耳が痛い話。名物の人はみんなに知られているけど、その人のことを本当に知っている人は何人いるんだろう?お祭りが終わって提灯が片づけられたあと、誰と晩ごはんを食べているんだろう?
顔を覚えられると、つながっている気分にはなれる。でも実際には、それだけで寂しさが埋まるわけじゃない。商店街のどのお店からも「こんにちは」と言われるのに、夜はほとんどひとりで過ごしている。それは失敗じゃなくて、まだ最初の段階にいるってだけ。
だから、顔なじみになり始めたら、自分が何をほしいのか正直に考えてみてほしい。パン屋さんの会釈はうれしい。でも会釈はまだ友達じゃないし、放っておいて自然に友達になることはあまりないんだ。🌙

光る衣装はいらない。必要なのは、小さくても繰り返せる「いつもの自分」をつくることだけ。
たとえば、こんなもの。
目標は変わり者になることじゃない。いつもそこにいる人になることで、いざ話すときに「知らない人」じゃなくなっていることなんだ。🚲

顔を覚えてもらえたら、いちばん難しいところはもう終わっている。あとは軽いひと言を足すだけ。
知らない人よりも、何度も顔を合わせた人のほうが「いいですよ」と言ってくれやすい。もう警戒する相手じゃないからね。
ただし、相手の距離感は大事にしよう。名前や住んでいる場所、家族のことを根掘り葉掘り聞かない。断られたら「またお祭りで」と笑って引けばいい。顔なじみの関係は、気まずくならない程度の軽さがあるから続くんだ。
それと、次のイベントで名物の人を見かけたら、あいさつしてみて。何年も見られる側だった人ほど、話しかけられるのを案外よろこんでくれたりするよ。
なかなか人とつながれない地域もあるし、お祭りが年に2回しかない街もある。何年もかけて街の一部になるまで待たずに、今話せる人がほしいこともあるよね。
そんなときは、少し視野を広げてみるのもいい。SewaYouは、近くにいる人とも、世界中の人とも出会える地図ベースの友達作りアプリ。同じ趣味の大人を自分の街で探して、いつも行くお祭りに一緒に行こうと誘ってみることもできるし、家にいながら別の街や国をのぞいて、旅行の予定がなくてもオンラインで友達を作ることもできる。🗺️

どの街にも、みんなが知っている名物の人がいる。あなたがその人になる必要はない。でも、何度も同じ場所に顔を出して、そこで会う人に実際に話しかけてみる。その習慣を借りるだけで、知らない街が「自分の街」に変わっていくはず。SewaYouで、一緒に顔を出せる誰かを見つけてみてね。